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東京地方裁判所 昭和42年(行ウ)183号 判決 1969年12月25日

原告 第一合金株式会社

被告 麹町税務署長

訴訟代理人 青木康 外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者双方の申立

(原告)

被告が原告に対し昭和四一年一一月三〇日付でした別表記載の源泉徴収に係る所得税の徴収告知処分を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

(被告)

主文と同旨の判決

第二原告の請求原因ならびに被告の主張に対する反論

一  原告は、磁性材料の製造、販売を業とする法人であるが、従業員研修の一環として、古田晴雄、安岡文雄及び佐藤司の三名の従業員を産業能率短期大学に入学させ、同人らの授業料、指定教科書代金等を支出したところ、被告は右経費のうち、原告が昭和四〇年四月から昭和四一年九月までの間に支出した合計一〇万六、六七〇円(以下本件経費という。)を前記各従業員に対する給与所得と認め、原告に対し昭和四一年一一月三〇日付で別表記載のとおり源泉徴収に係る所得税の徴収告知処分をした(但し、別表記載支出年月四一年一月分の告知税額は、当初二、四五〇円であつたが、被告が昭和四三年四月二三日付でそのうち八〇〇円を取り消したので、別表記載のとおり一、六五〇円となつた)。

二  しかしながら、本件経費は、つぎに述べる理由により、給与所得ではない。

(1)  原告会社が特定の従業員を大学で受講させるのは、事業の生産性と事務能率の向上に寄与させるため、みずから研修施設を設ける代わりに他の大学の施設を利用するものであり、現に、前記三名の従業員も、当時工場の生産係として製造部門を担当しており、大学では能率科において生産能率学を専攻せしめられた。また、受講者の選定は、原告において行なうものとし、選抜された従業員は、業務命令によつて入学受講を義務づけられ、受講の結果についても会社に報告しなければならず、自己の都合により受講中に退学したり退社した場合には、その費用を弁償すべき義務を負い、なお、受講のために購入した教科書は、原告の所有に帰し、原告がこれを図書部に保管して一般従業員の閲覧に供しているのである。以上の事情によつて本件経費が従業員の教育又は研修のための経費であることは明らかである。

(2)  仮りに、本件経費が研修費ではなくして従業員の所得となるべき給付であるとしても、それは、所得税法九条一項一九号の「学資に充てるため給付される金品」に該当すること疑いを容れないところである。しかも、給与所得とは雇用関係に基づいて従業員が使用者から受ける経済的利益のすべてを指すのではなく、そのうち労務提供の対価としてその支出が使用者の義務とされているものに限られると解すべく、また、前記従業員らが将来受けることあるべき大学卒業に応じた処遇ということも、会社の業務命令に従つたための反射的利益にすぎないのであるから、本件経費は、同号括弧内所定の除外事由たる給与その他対価の性質を有するものには当らないというべきである。したがつて、本件経費は、非課税所得であるといわなければならない。

なお、被告の引用する奨学金規定なるものは、昭和四〇年四月一日改正前のものであり、現行の依託研修規定のもとにおいては、会社が業務上の必要から特定の従業員を選んで指定した大学で指定した科目の研修を命ずることとなつている。

第三被告の答弁ならびに主張

一  原告主張の請求原因事実中、一記載の事実は認めるが、その余の事実は否認する。

二  従業員が従業員たる地位に基づいて使用者から受ける給付は、すべて、給与所得を構成する収入であると解すべきである(最高裁昭和三七・八・一〇判決、民集一六巻八号一七四九頁参照)。

ところで、本件経費は、原告会社の奨学金規定によつて支給されたのであるが、同規定によれば、奨学金の受給資格者は、原告会社の従業員に限られ、また、「この規定により学業を終えた者は、その大学卒業に応じた処遇をする。」とあつて、当該従業員は、具体的に社会的・経済的利益を約束されることとなつているのであるから、かかる利益を取得するための費用である本件経費は、まさに、所得税法上の給与所得であり、したがつて、また、同法九条一項一九号の非課税所得に該当しないものというべきであり、仮りに原告主張のごとく受講が業務命令に基づく従業員の義務であるとしても、そのことによつて右の結論が左右されるわけではない。

第四証拠関係<省略>

理由

原告は、磁性材料の製造、販売を業とする法人であるが、古田晴雄ら三名の従業員を産業能率短期大学に入学させ、同人らの授業料、指定教科書代金等を支出したところ、被告は、右経費のうち原告が昭和四〇年四月から昭和四一年九月までの間に支出した本件経費を右各従業員に対する給与所得であると認め原告に対し昭和四一年一一月三〇日付で別表記載のとおり源泉徴収に係る所得税の徴収告知処分をしたことは、当事者間に争いがない。

原告は、まず、右古田らを産業能率短期大学に入学させたのは、従業員研修の一環として他の機関の施設を利用したまでであつて会社が自己の施設を使用して行なう研修と異なるところはない旨るる主張し、それに要した本件経費が会社の必要経費であつて右従業員らの所得を構成しないことを強調する。

しかし、会社の必要経費であるからといつて、それが給付を受ける従業員にとつて給与所得となる以上、課税の対象とされることはいうまでもないところであるから、論旨は、その仮定的主張とあいまつて、本件経費が所得税法九条一項一九号(昭和四〇年分については同項一八号、以下同じ。)所定の非課税所得たる「学資に充てるため給付される金品(給与その他対価の性質を有するものを除く。)」に該当するというにあるものと解すべく、また、本件の争点も、正に、この一点に尽きるということができる。

おもうに、所得税法は、課税対象としての給与所得につき極めて包括的な定義規定を設け、退職所得を除き、原則として、勤務関係ないし雇用関係に由来するすべての金銭的給付又は経済的価値の給付を包含するものとしている(二八条一項、三六条なお最高裁昭和三七・八・一〇第二小法廷判決、民集一六巻八号一七四九頁参照)のであるから、それから除外されるべき学資に充てるための給付、つまり給与その他の対価の性質を有しない学資に充てるために給付される金品とは、勤務の対価ではなくして、会社が購入した新規機械設備を操作する技術を習得させるための授業料のごとく客観的にみて使用者の事業の遂行に直接必要があるものであり、かつ、その事実遂行の過程において費消されるべき給付を指すものと解するのが相当である。

いま、本件経費についてこれをみるに、それが、前記各従業員の学資に充てるために給付された金員であつて、同人らの給与所得を構成することは明らかであるが、前叙のごとき性質を有するものに該当せず、従業員の一般的資質の向上を直接の目的とするにすぎないこと、原告の主張に徴してこれを推認しうるに十分であるから、本件経費は、窮極的には会社事業の生産性と事務能力の向上に寄与することがあるとはいえ、所得税法九条一項一九号所定の非課税所得に該当しないものというべきである。

されば、被告が本件経費を前記各従業員に対する給与所得であると認めて原告会社に対しそれに相応する所得税の源泉徴収義務があるものとして徴収告知をしたことは、相当であるから、原告の本訴請求は、理由がなく、棄却すべきものとする。

よつて、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 渡部吉隆 中平健吉 岩井俊)

(別紙)

源泉徴収明細表

所得の種類

支出年月

法定納期限

告知税額

給与

四〇年四月

〃七月

〃一〇月

四一年一月一〇日

四、九〇〇円

四一年一月

〃二月一〇日

一、六五〇円

〃四月

〃五月一〇日

七八〇円

〃六月

〃七月一〇日

六三〇円

〃九月

〃一〇月一〇日

六〇〇円

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